「お、来た来た。」
山本が苦笑しながら俺を自分の家に招き入れた。彼は笹川了平ととランボとで、独身同士この家をシェアしている。
名高いボンゴレファミリーボスの守護者にはもともと1人ずつに一軒家が用意されていたが、「だだっ広いところに1人で住むのは落ち着かない」という話になって、結局同居することになった。
「さっきまでは笹川とビアンキもいたんだけど、もう遅いから帰っちまったんだ。」
「笹川はもう沢田だ。10代目に失礼だろうが」
「あ、ワリ。そうだった」
そう話をしながら廊下を通り抜け、3人共用のリビングにたどりつく。
自宅以上に堂々と床に寝ころび熟睡する俺の妻、ハルがいた。山本がやってくれたのか、毛布がかけられている。
「泣き疲れちゃったみたいで全然起きないのな」
「あーあ…これを持ってくのか」
「入口まで部下の何人かと来てたんだろ?手伝ってもらえばいいじゃんか」
「やだよ」
強めに彼女をゆすってみるものの、少し顔をしかめるだけで目覚める気配がない。
「ハルさんを他の男性に触れられたくないのですね。獄寺氏の愛を感じますよ」
山本の隣でキザったらしくいうランボに蹴りを入れると、「痛い!」と悲鳴をあげながら奴は自分の部屋へと退散していった。
「ったく、ここに来てたんなら早くいえっつーの。10代目にまで連絡しちまっただろうが」
なんとかハルを背負うことに成功し、立ち上がりながら山本に言う。
「ハルがお前に迎えに来てもらうのがいやだって聞かなかったし、みんなで愚痴を聞いてたからな。ま、結局それで盛り上がったのは女子だけど」
沢田はともかく、姉貴がいたのなら話はヒートアップしそうだ。
いらだつ俺の表情を見て、山本が「でもさ」となだめるように言った。
「今回はお前が悪いと思うぜ。ゆっくり話、聞いてやれな。」
「話?あいつに誘われたディナーをドタキャンしたっていう話だけだろ?」
「それがそうじゃないんだなぁ。ヒントはハルが今日お酒を飲まなかったってことかな。んじゃ、また明日本部でな!」
無理やり俺の背中にいるハルを押し、家から追い出そうとする。
「お、おい!」
続きを聞き出そうしたものの、半ば山本に締め出される形で彼らの家を後にした。


「…ん、」
「やっと起きたか」
風呂から出てリビングに入ると、ちょうどハルがソファで目を覚ましてむくりと起き上っていた。
「はい…」
と、返事をしてから、俺と喧嘩中だということを思い出したのか急に冷たい態度になって、そっぽを向いてもう一度布団をかぶってしまった。
「おい」
「ハルはベリーアングリーです」
「いい加減機嫌直せ」
「やです。獄寺さんの極悪非道!」
いつもならここで俺が逆ギレして二次災害に発展するところだが、珍しく山本が「ハルの話を聞け」と釘を刺してきたので、「はいはいそうですよ!」と無理やりにハルを抱き起こす。
「何するんですか!」
「今日は特別にお前の言い分を聞いてやる。言え。」
「なにをですか。」
「今日のディナーで、お前なんかするつもりだったんだろ?なんだったんだよ」
ハルがおいしいレストランを見つけたから行こうと言い出すのも、強制的に俺を連れ出すのもいつものことだ。10代目たちが結婚してからは、俺が誘われる頻度は増した。
しかし、行くはずだったディナーは俺の仕事が急に入ったせいで無しになってしまった。それもよくあることだから、ハルはいつものように「仕事ならしょうがないですね」と納得するはずだった。けれども、今日はハルが怒り出したのだ。仕事に遅刻できないので、仕方なく後で埋め合わせするからと言い残しハルを家に置いて出て行った。しかしハルの怒りは収まらかったようで、仕事をハイスピードで終えて家に帰るとハルは姿を消していたのだった。
「なんでもないです」
「なんでもないディナーをキャンセルしてお前がキレるわけねえだろ」
反論すると、ハルはうつむいてしまったが、しばらく待っているとハルがぽつりと話し始めた。
「…大事な話があって」
「うん」
「最初は隼人さんが日本に出張してるときだったので、まずビアンキさんに相談したんです」
「うん」
確かに三日前まで日本にいた。俺に最初に話さなかったところが気に食わないが、話を進める。
「そしたら、慎重に話したほうがいいって言われて」
「なんでだよ?」
「この話になると、離婚するひとも、いるって、言われて」
彼女の目がじょじょに潤んで、言葉もとぎれとぎれになる。
突然現れた「離婚」の言葉に、思わず顔をしかめる。
「はぁ?リコン?」
「でも、たしかにそういう話も聞いたことあるなって」
なにいってんだこいつ、とため息をついてから、ハルの頭をぐしゃぐしゃになでた。
「いいから言えよ。離婚なんかしねーよ」
「ほんとですか?」
「ほんとだから言え」
「ほんとのほんとに?」
「お前が浮気したとかそういう話じゃないならな。いいから言え」
「赤ちゃんができたんです」
「わかったから言え…え?」
彼女をなでる手が止まる。あまりに予想外な話だった。ハルの様子からして、絶対にマイナスな話だと思っていた。
「おなかに、赤ちゃんがいるんです」
ハルの瞳の力が強くなる。
だから山本はこいつが酒を飲まなかったことを強調したんだ。そういえば俺が日本から帰ってきてから、ハルが酒を口にしているところを見ていない。
「こども?」
「はい」
「俺とのだよな?」
「当たり前です獄寺さんのハレンチ!」
ハルが真っ赤な頬を膨らませる。
「悪い悪い」
それが離婚につながるとビアンキが脅したのも理解できた。子供が他のマフィアの人間に目をつけられないように離婚して家族を遠くに置くのは珍しい話でもない。
「でもやっぱ、離婚はしねえよ。」
「ほんとですか?」
ハルはまだ不安そうな表情を浮かべている。
「姉貴が言ったようなことをする奴は家族を守りきれない下っ端のすることなんだよ。ボンゴレ嵐の守護者にどんだけの部下がついてると思ってんだ」
「そうですけど」
「ボンゴレなめんな。あの10代目がトップなんだぞ」
「そうですね!」
ハルが急に明るい顔をして目を輝かせる。
結婚しても、俺とハルの10代目愛は変わっていない。
「安心しろ」
そっとハルを抱き寄せると、ハルも同じ力で俺に応える。
「はい」
時計を見るともう2時を回っていた。安心したら急に眠くなってきて、わざわざ寝室に移動するのも面倒くさい。
「もう寝るか、このまま」
「お腹冷えちゃいますよ」
「こうやってお前を抱きしめてたら冷えねえよ」
こんなかっこつけたセリフはプロポーズの時以来だし、明日からはまた、10代目にも呆れられるような痴話げんかをして、ハルは沢田家に転がり込んで、俺が迎えに来るのを待つんだろう。
あれこれ考えると目がうるんできてしまった。
(電気消しといてよかった)
ハルにバレたら絶対にこれからずっとネタにされる。
でも、それだけ家族ができたことが幸せだった。血のつながった両親とこども。ありきたりだけど、一番ほしかったのにつかめなかった俺にとっては、最大級の幸せだった。
(絶対、バラバラになんてさせねえよ)
ハルの腹をそっと撫でる。ん、とハルが少し唸ったので焦ったけれど、目は覚ましていないようだ。




明るい闇にとける誓い





(全部まとめて守るから)
心の中でつぶやく。
これが、俺の一生をかけた決意だ。
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