「ジャンケンポン!」
ボンゴレファミリー本部の守護者会議室に、全く似合わない掛け声が響く。
「よっしゃ!悪ぃな獄寺。」
「極限に頼んだ。うまいやつを選べよ!」
「ちっ、くっそ…」
山本と了平に見送られ、負けた獄寺が部屋から出る。誰が今晩の酒を買ってくるのかを、真っ昼間から大人気なくジャンケンで争って決めていたのだった。
広大な本部施設と庭園を抜け、門を出てしばらく歩いていると、後ろから半泣きの声が近づいてくることに気がついた。
「うわぁん、絶対遅刻ですぅぅぅぅぅ…」
聞きなれた声に振りかえると、やはり声の主はハルだった。べそをかきながら全速力で走っている。
「こんなとこで情けない声だしてんじゃねぇよ、ファミリーの格が下がるだろうが」
「あぁ、獄寺さん…ごめんなさい、ハルは止まってしゃべってる場合じゃないんです!」
少しスピードをゆるめ、ハルは小走りで獄寺の隣につく。獄寺も様子がなんとなく気になったので、ハルのスピードにあわせた。
「どこいくんだよ」
「大学ですよ!今日は午後からなのでのんびり準備してたら、意外と時間なくて…今日は大事な講義だから、遅刻したら、単位がピンチなんですう…」
ツナと守護者はれっきとしたボンゴレファミリーのメンバーとして働いているが、京子はツナたちと同じようにボンゴレ敷地内に住んでいるものの、正式なファミリーの一員にはならずにイタリアの大学に通っている。
「あそこなら車で余裕だろ」
「今日は、車が足りてないから、電車で、行くことになってて」
電車なら遠回りだから車の2倍近くかかるだろう。それに、駅まではまだ距離があるのに、体力のないハルはもう息切れし出している。
そう考えてから、獄寺はハルの腕を掴み突然足をとめた。
「獄寺さん疲れたんですか?ハル、急いでるんで先に行きますよ!」
フラフラになりながらも腕をふりほどいて先に行こうとするハルを、行かせまいと引っ張る。
「お前のが疲れてるだろうが。本部に戻るぞ」
ハルは不審そうに獄寺を見て、首をかしげた。
「なんでですか?」



昼下がりのランデブー




「乗れ」
獄寺に放り投げられたヘルメットを、ハルは呆然としながら見つめる。
「乗るって、これにですか」
獄寺がまたがっているのはバイク。しかも、改造済みのかなり豪華な黒塗りで、盛大なエンジン音を立てて揺れている。
「後ろが空いてるだろ。バイクなら車より小回りが利くから早く着く」
ほら、と獄寺が自分の後ろを叩くが、ハルはためらっているようで、のろのろとバイクに近づく。
ハルの頬が少し赤らんでいるのに気がついて、改めて自分も恥ずかしくなったので獄寺は目をそらした。
「早くしろ。どっちが急いでるんだ」
バイクなら余裕で間に合うはずなのに、照れ隠しのつもりでついせかしてしまう。
「はひ…」
後ろに重みがかかる。ようやくハルが座ったようだった。
「メットかぶったか?」
「はい」
いくぞ、と声をかけたが、ハルはぼうっと座ったまま、腕もだらんと下げてしまっていた。
「おい」
「は、はい」
「俺のこと掴んでないと落ちるぞ」
そう言っても、ハルは獄寺のスーツの端しか掴まない。
無理やりゆるいスピードで少しだけ発進させると、「はひ!」とハルがぐらついた。
「だから落ちるっつーの、そんなんじゃ」
頼むから早くしてくれ、と獄寺は頭の中で懇願した。改めて恥ずかしがられるっとこっちもますます恥ずかしくなる。最初からしっかり自分の腰を掴んでくれればこんなに恥ずかしい思いをしない。ヘルメットの中の温度がどんどん高くなっている気がするのだった。
そろそろとハルの腕が前のほうに回ってくる。彼女のやわらかい感触が背中に伝わって、さらに顔は熱くなる。この際降りて逃げだしたいほどに自分の気持ちが落ち着かなかった。考えれば獄寺が同じような歳の女をバイクの後ろに乗せたことがなかった。乗せることがあるのは、山本や了平、ランボばかりで、女は獄寺にとってはまだまだ子供のイーピンくらいだった。ましてや、最初に乗せるのが、よりにもよってハルだなんて。
そもそもハルとこんなに密着するのも初めてで、考えるのはやめようと頭の中で唱えても、どうしても神経は背中に集中してしまうのだった。
「桜、いっぱい咲きましたね。きれいです」
本部の外壁沿いを走っていると、中で敷地を囲うように咲いている桜の花びらがこぼれおち、2人の乗るバイクやヘルメットをなでて流れていく。
ツナがボンゴレを継承すると決めた時に、少しでも日本の要素を取り入れて新ボスと守護者を迎えやすくしようとした9代目が植えさせた桜たちである。
「ああ」
何とか短い返事をする。
「日本が懐かしいですね。京子ちゃん元気でしょうか」
京子はイタリアには移らずに日本の大学に進学している。
「連絡取ってるんだろ?」
「そうですけど、やっぱり直に合って顔が見たいですよぉ」
小道を抜け、大通りにでる。平日の真昼間とあってか、道はかなり空いていて急ぐ必要は全くなさそうだった。
「京子ちゃん、ツナさんとラブラブなんですよ。遠距離恋愛なのにとてもロマンチックです。」
ツナと京子がいかに仲がいいかをノンストップで語るハルの呑気な声に、獄寺は疑問を口にした。
「お前はいいのかよ」
「何がですか」
ハルはまだ呑気な声を出している。
「あんなに10代目にべったりだったのに、10代目が笹川と付き合い始めてからはそんな調子で」
ああ、とハルが頷いたのを背中に感じる。
「それが、全然なんです。たぶん他の女の子と付き合っちゃったらショッキングで三日三晩泣きどおしだったと思うんですけどねぇ」
後ろをちらりと見ると、やっぱりハルはいつもの明るい顔をしている。から元気ではなさそうだった。
ハルが髪を切ったのも、ツナが京子と付き合い始めたころだった。ハルがツナを好いていたことを知っている山本や了平はあれこれと気を遣ったけれど、ハルは何も変わらない様子で、「ボブって、なんだか首が寒くて落ち着かないですね」と笑っていた。似合う、なんて顔から火の出そうな言葉をハルに伝える勇気は獄寺にはなかったから、彼はただじっと様子を見ているだけになってしまっていた。
「ま、10代目以上に素敵なヤローなんていないし、お前に恋愛なんてもう一生無理かもな」
「えー、無理じゃないです!」
ハルが急に獄寺をゆっさゆさとゆさぶったので、バイクも大きくぐらついた。
「てめっ、なにしやがる!」
「ハルだって好きな人の1人や2人いますよ、もう3年経ったんですから!」
「あ、まあ、そうだな」
意外な答えに、獄寺は思わず口ごもりながらも、そうだよなと強引に自分を納得させた。
大学に男はごまんといるし、サークルに仲のいい奴もいっぱいいるだろう。ハルは普通の学生なんだから、普通の青春生活を送っていて当たり前だ。
「でも2人はだめだろ…」
「はひ、言葉のアヤですよぉ!」
はいはい、と獄寺の返事はどんどんぶっきらぼうになる。小さな舌打ちもしてしまった。
「どんな奴だよ」
いらいらしながらも、つい聞いてしまう。
自分は何年もハルを見てきたはずなのに、ちょっとしか付き合いのない男に簡単に追い抜かされたことにいらついてしまう。
「そうですねぇ…ツナさんよりイヤな人かもしれません」
そんな獄寺の気持ちも知らずに、ハルはあっけらかんと答える。
「まぁそうだろうな」
「言葉も乱暴だし、気も短いし、もしツナさんと戦ったらたぶん負けると思います」
「10代目より強いやつがいるわけねーだろ」
でも、とハルは一息ついて続けた。
「ツナさんと同じくらい、かっこよくて優しいんですよ。ツナさんと違ってたまにですけど」
その言葉を聞いて、いらだちが最高点に達した獄寺はバイクのスピードを急に上げた。
「はひ!?獄寺さん、安全運転でお願いします!」
「バカ、もう着いたっつーの。おら」
乱暴にバイクを止め、車体を少し傾ける。
「やった、これで間に合います!ありがとうございましたー!」
ダッシュで校門に向かうハルの背中に、獄寺が大声で叫ぶ。
「おいてめぇ、メット!」
「あっ、すみませーん!」
ぽーんと投げられたヘルメットが、獄寺の頭にクリーンヒットした。
「てんめぇ!」
獄寺のどなり声にもハルは振り向かず、ごめんなさーい!という無駄に明るい声だけが遠ざかっていく。
くっそ、と、地面に転がったメットを拾いあげる。
『ハルだって好きな人の1人や2人いますよ』
ハルの声が獄寺の頭の中でリピートして、また胸の奥に黒い靄がかかったような気分になる。
誰なんだよそいつ。顔見せろ。俺より、俺よりも。
「どこがいいんだ」
ハルにそう言ったら、あいつはなんと答えただろうか。
「どこのどいつなんだよ…」
『んー、獄寺じゃね?』
突然、バイクからのんびりした男の声がした。
「なっ、バイクがしゃべった!?」
『はは、なーに言ってんだよ、ハンドルに無線機つける場所つくったのは獄寺じゃんか。ケータイにかけても出ないしさ』
バイクが喋ったのではない。声の主は山本だ。
ハッとしてハンドルを見る。運転中に喋るために無線機をつけられるように改造したことを思い出した。
『ま、獄寺が無線つけっぱにしてるから、ハルとお前の話、全部俺と笹川先輩が聞いちゃってたけど。ワリぃな』
「なっ…」
いつもは切っているはずだったのに、よりにもよって今日は何かの拍子に無線機の電源が入ってしまっていたようだった。
『俺はハルが好きなの、獄寺だと思うな』
「何言ってんだよ。大学には男が…」
『面白いこと言うのな。ハルが通ってる大学には男いないだろ』
「はぁ?」
獄寺が、校門に彫刻された文字を見る。昔から知っている大学だったし、たしかボンゴレにもこの大学を出た奴らはいるはずだった。
『あれっ、5年前に女子大に再編されたの知らないのか?ハル言ってたと思うけどなぁ。』
もしかしたら言っていたかもしれない。呆然としている獄寺のこともつゆしらず、山本は続けた。
『で、酒買った?あと、守護者会議遅刻するぜ?』
「あ…げっ」
腕時計を見ると、普通に帰っては会議に間に合わない状態だった。獄寺は無線機の出力をイヤホンに切り替え、バイクを急発進させる。
『獄寺さぁ、告っちゃえばよくね?』
「誰に」
『ハルにだよ』
恋愛話に無縁な山本がそんなことを言いだすので、思わずむせる。
『あっはは、やっぱ獄寺もハルのこと好きなのな』
「てめー勝手に決め付けんな!」
『決め付けてなんかねーよ。お前たち、ボンゴレ公認カップルなんだぜ。みんなであたたかく見守ってるんだからさ』
『んじゃ、会議遅れないようにな~』
一方的に通信が切られる。ボンゴレ公認についてあれこれ問い詰めたかったが、切られてはしょうがない。
「くそっ」
舌打ちをして、バイクのスピードを上げる。会議にはぎりぎり間に合いそうだ。
顔はまだ熱いし、背中もあたたかさと柔らかい感触がまだ残っている。
そんなことを考えていること自体にさらに赤面しながら、獄寺はハイスピードでボンゴレ本部に戻っていくのだった。
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