泣いたり笑ったり、教室には様々な表情にあふれていた。それぞれの胸には花が飾られ、この3年間の集大成を表す紙が入った筒を手に、お互い写真を撮ったり手紙を交換したりしていた。
2年と少ししかここにいなかったなりにもそれなりの感情がこみ上げるが、どうしても素直に顔に表すことはできなくて、この雰囲気になじめなくて、結局いつも通りの無愛想な顔で自分の席に座っている。
「ごっ、獄寺ぐん、高校もよろしぐねぇ…」
目から涙をぼろぼろこぼしながら10代目が俺に話しかける。
「い、いえ!こちらこそ…10代目と同じ高校に進学できるなんて、最高の幸せです」
ポケットからハンカチを出して彼に渡す。ありがとう、とたどたどしく言いながら、10代目が涙をぬぐう。
「ほんと、ツナが合格するなんてな」
10代目の隣で、山本が口をはさむ。
「お前が言うんじゃねえよ」
高校がバラバラになって10代目に何かが起こるとすぐに助けられないので、俺はもともと進学先は10代目に合わせようと思っていた。そして、10代目と学力の変わらない山本に聞いても同じ返事が返ってきた。しかし当の10代目に進学先を尋ねてみると、「頑張って獄寺くんに合わせたい」と言われてしまったのだった。
結局俺は10代目たちのことを考えて進学校を避け、地元の平均的なレベルの高校を選んだ。10代目と山本は俺とリボーンさんに教わりながらも必死に勉強をし、めでたく3人とも合格したのである。
「ま、俺のこともよろしくな、獄寺」
「しょうがねーな」
「おい、山本」
突然、クラスメイトの1人が山本に駆け寄り、廊下のほうを指差した。
示されたほうに立っている顔を真っ赤にした女子が、こっちを見るなり会釈をした。
「あの子から呼び出し」
ほんっとお前はモテるな、と彼はニヤニヤとはやし立てるように山本の肩をたたき、そのまま去って行った。
「んー、じゃ俺、ちょっと行ってくる。この後来てくれるんだろ?」
この後は山本の家でいつものメンバーで卒業祝いをすることになっている。
「うん、お邪魔します」
「親父が朝からごちそう作ってくれてるから、楽しみにしててくれよな。それじゃ、またあとで」
山本が教室から出ていくのを見てから、10代目が口を開いた。
「獄寺くんは、女の子に呼び出されたりしないの?」
「あー、」
別にマズイことでもないのに、なんとなく頭を掻いてしまう。
「ここ一週間で何回か呼び出されましたけど、全部断ってます。」
「断ってるんだぁ。山本もそう言ってたなぁ…俺からしたらもったいなさすぎるけど」
「あいつはともかく俺はこんな性格ですし、ただ単にハーフだから目立つだけッスよ」
そう答えながら、俺は鞄を持って立ち上がる。
「俺はそろそろ帰ります。10代目はどうしますか?」
「あ、俺ちょっと用事があるから、先に帰ってて」
「わかりました。では、また後で」
「うん、ばいばい」



日本に来てから何人もの女に思いを寄せられ、そのすべてを拒否してきた。
最初は単純に女というものに興味がなかったから断っていたのに、いつのまにか理由が変わってしまっていた。どれだけの人数にどれだけのことを言われても、1人の女のことが頭から離れなくなっていたからだった。
卒業を目前にして呼び出される頻度は増えた。そのたびに、俺も同じことをしてみようかと考えてしまう。同じように、俺の気持ちをあいつに全部吐き出そうかと思ってしまう。
今日もまた、そんなことを考えながら、また何人かの気持ちを拒んでしまった。
(たとえあいつを選んでも、あいつは俺を選ばないのに)
あいつは10代目のことしか見ていなくて。俺とは口げんかばかりで、いい雰囲気になんて一度もなったことがない。
こうして毎回、空しい結論にたどり着いてしまうのである。
そんなことをまた頭の中で繰り返しながら、山本の家にたどり着くために公園を横切る。まだ小学校の下校時間ではないらしく、公園に子供はひとりもいなかった。
そのかわり、咲き掛けの桜の木の下にあるベンチに、ぼうっと座る見慣れた顔を見つけた。
一番見たくて、一番見たくない顔だった。ほっといて通り過ぎればいいのに、体が勝手に彼女に近寄り、声をかけてしまう。
「ハル」
「あ…獄寺さん」
ハルがはっとした顔で俺を見る。彼女の手にはケータイが握られていた。
「なにやってんだ、こんなとこで」
「いえ、あの」
彼女はなぜかうろたえた顔をする。
「山本んちに行くんだろ?もうすぐそこなのに迷ったのか?アホだから」
俺が山本の家のほうを指差すと、ハルは首を振った。
「違いますよ!ハルは…迷ってるんです」
「だから、迷ったんだろ?」
「そうじゃなくて、山本さんの家に行くか行かないかで迷ってるんです」
「は?」
今更何を言っているんだろうと思った。確かにハルは1人だけ学校も違うし、卒業式も1週間前だった。でも、そんなことをこの期に及んで気にするような間柄でもない。
「ったく、変なことで悩んでんじゃねえよ。行くぞ」
一歩踏み出すと、ハルが俺の服の裾をつかんだ。
「まってください」
そういう動作に、いちいちどきっとしてしまう自分がもどかしい。
「なんだよ」
「座ってください」
ハルは思いつめた顔で裾を引っ張り、自分の隣に座らせようとする。よくわからずに立ちすくしていると、「話を、聞いてほしいんです」と彼女は俺にすがった。
山本には何時に来いとは言われてないから遅刻も何もない。少し話すくらいなら文句は言われないだろうと、俺は言われるがままに彼女の隣に座った。
これはチャンスかもしれない、なんて場違いなことを考えだした。今ならいつものように口喧嘩することもなく、素直になれて、卒業の雰囲気に任せてハルに…いえるかもしれない。
「で?何だよ」
ハルは手の中にあるケータイを見て答える。
「さっき、京子ちゃんから電話があったんです」
「それで?」
「ツナさんに告白されて、付き合うことになったって」
「それで…え?」
ぎょっとしてハルの顔を見る。彼女は思った以上に思いつめた表情をしていて、目は潤んでいる。
10代目が告白。だからあの時、俺の帰らなかったのだろう。あの人も教室の雰囲気に影響されたのかもしれない。俺でさえ少しでもその気になってしまったのだから。
「それは、その」
何を言ったらいいのかわからなかった。10代目と笹川が結ばれて、目の前の女は10代目がずっと好きで、俺はその女が好きで。
「ちゃんと告白してないのに、ふられちゃったんですね」
ハルが力なく笑う。見ていられなかった。
「そう、なるな」
もっといい言葉が言えないのかと自嘲する。山本だったら、きっと気の利いた一言が言えただろう。
「ハルはせめてちゃんと告白してふられてから、ツナさんのこと諦めたかったです」
ハルが唇をかみしめる。涙はぎりぎりのところでとどまっていた。
「ああ」
「京子ちゃんのことが憎いとかでは決してありません。でも、やっぱりどうしても複雑で…」
いろんな感情が交差して、なかなか言葉がでない。ハルを励まそうという「ヤサシイ」気持ちってものもあった。
でも、それよりも大きいのは、黒くて、あまりに自分勝手な感情だった。
それがどうしても頭から消えなくて、俺はぶっきらぼうな返事しかできないのである。
「だから、どんな顔でツナさんたちに会っていいのかわからなくて、ここでずっと…」
「じゃあいいだろ、ずっと俺の隣にいれば」
言ってしまった、と思った。
膝の上で固い拳になっていた彼女の右手に、俺の左手を重ねる。
え、とハルがこっちを見たのはなんとなくわかったけれど、俺は彼女の顔なんて見られなかった。自分が今していることがどれほど最低なのかは分かっているから、面と向かってなんて言えなかった。
こいつは自分が想うことに一生懸命で、自分が想われていることにはとことん鈍感だったらしい。
こっち向け、と、今まで何度念じただろう。
今なら、思いっきり念じていいんじゃないだろうか。やっていることは最低でも、俺がいままで貯めていた努力には、十分見合った最低さなんじゃないだろうか。
「なんで、」
ハルがついに嗚咽を漏らし始めた。罪悪感がドロッと俺の心に流れる。それでもこの手を離したくなかったから、俺はさらに強くハルの手を握ってしまうのである。
「なんで…そんなこと、今、言うんですかぁ…」
「…なんでだろうな」
「やめてください」
「なんでだよ」
「やめて、ください…」
ハルは俺から手を振りほどこうとするけれど、俺は離さなかった。これで離してしまえば、今度こそ全部終わってしまう。
「だから、なんで」
「獄寺さんのこと…好きになっちゃうからです」
ずっと望んでいたはずの一言だったのに、俺は素直に喜ぶことができなかった。
本当にこれでいいのだろうかと思いながら、俺はどんどん、こいつの中へとおちていく。
「いいだろそれでも」
「そんなんじゃ、ハルはとんだ尻軽女です」
「俺には関係ない」
う、と彼女は息を漏らし、肩を震わせる。諦めがついたのか、俺から離れようとする力は弱まった。
「ずるいですよ」
「なにが」
「こんな時に、こんなことをするなんて」
ずるいです、と彼女は連呼するけれど、しだいに声が涙に取られてしまう。
ずるいなんて矛盾してる。俺はずっと、ハルが10代目しか見ていなかったから何もせずに気持ちを抑えていただけだ。ハルが10代目から目をそらしたすきに俺が現われて、それがずるいなんて。
ついに耐え切れなくなったのか、ハルは人目もはばからず上を向いてわんわんと泣き出した。
「俺のこと見ろ」
なにをやってるんだとも思っているけれど、この手はどうしてもハルから離れたくないらしい。
だって、こいつが俺を見てくれるチャンスは今しかないんだろ?
「俺のことを、好きになれ」
すごく残酷なことを言っているのは自分でもわかっていた。
ハルは嗚咽をもらすだけで、それ以上何も言わなかった。




甘くて、ずるい




今から俺が、お前の全部をさらっていく。
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