「あの、10代目。」
帰りのHRが終わった途端、獄寺はツナの肩を叩いた。
「あ、獄寺くん、よかったら俺と一緒に帰らない?今日は京子ちゃん、黒川と用があるみたいで。」
「そうっすか!いや、ちょうどよかったッス。俺も今日10代目にお話しがあって。」
「じゃあ一緒に帰ろう。よかった、最近獄寺くんと全然帰れてなかったから…ごめんね。」
山本は毎日放課後に練習があるからもともとほとんど一緒に帰っていない。けれども、獄寺は毎日のように帰っていたのに、ツナが京子と付き合うようになってからはすっかり回数が減ってしまった。
「いえ、お気になさらず。10代目はどうぞ、笹川と仲良く帰ってください。」
俺なんか暇つぶしに使ってくれればいいです、と獄寺が笑う。
「ううん、獄寺くんや山本も同じくらい大切だから、どっちが優先とかないよ。帰りたいときに帰ろう。」
「そんな、大切だなんて…もったいないお言葉です、10代目!」
大げさに喜ぶ獄寺に、ツナはいつものように苦笑いしてから、また聞いた。
「で、話ってなに?」
必要以上に大きな声で話していた彼が、突然周りのクラスメイトを気にして声をひそめる。
「ここでは少し…。今日、10代目のお屋敷にお邪魔できないでしょうか。」
(人がいるところで話せないってことは、マフィア関係かな?)
今朝、リボーンは特になにも言ってなかったのに。いつも通りツナを叩き起こし、いつも通りツナの朝食を横取りし、いつも通り奈々の肩に乗ってツナを見送っていた。
それなのに、今獄寺がそんなことを言い出すなんて、よっぽど緊急で危険な用事なのだろうか。




放課後相談室




「おかえり、ツっくん。獄寺くんも、いらっしゃい。」
奈々が、いつものように玄関でツナたちを迎える。珍しく、となりにフゥ太も、ランボやイーピンもいない。
「ただいま。母さんしかいないの?」
「ええ。ほかのみんなにはお遣いをお願いしているの。獄寺くん、いつもツナと遊んでくれてありがとうね。」
「お母様、お邪魔します!」
獄寺が深く頭を下げる。
「どうぞ。お茶とお菓子、いま用意するわね。」
「いえ、おかまいなく。」
玄関ではいつも通り元気だった獄寺も、階段を上がってツナの部屋に入った途端急に落ち着かなくなった。
お茶とお菓子が乗ったテーブルを前に、なにも言わずきょろきょろしている。
(いまさらきょろきょろするほどの部屋じゃないのになぁ。)
いつもはランボがつっかかってきたりビアンキがやってきたりして騒がしくなるのに、今日は誰もいないから余計静かになってしまう。
(こんなにためらうってことは…やっぱマフィアの重大な話?)
思わずツナは息をのむ。考えれば、マフィアの話で場所を選ぶのは自分くらいで、獄寺は人がいる前で堂々とボンゴレや匣兵器の話をしていた。もっとも、みんなにはゲームの話だと思われているけれど。
(そんな獄寺くんがなかなか口にできない話って…。)
「あ、あの、とりあえずお茶飲んだら?」
相手がいつもの感じではない分、ツナの調子も狂ってしまう。恐る恐る声をかけてみるものの、獄寺の返事はない。
顔を覗き込んでも、ボーっとしたまま、目の焦点はツナには合っていない。
「獄寺くん?」
もう一度ツナが呼びかける。獄寺ははっと飛び上がって我に返った。
「は、あっ、はいっ、お茶ですね…すみません、いただきます!」
あわてて獄寺が麦茶の入ったグラスを持ち上げようをした。しかし、そのまま取りこぼし、グラスが鈍い音を立ててフローリングに転がった。麦茶がだらだらと広がっていく。
「も、申し訳ございません10代目!」
ツナが差し出したティッシュで、獄寺があわててそれをふく。やっぱり、獄寺くんらしくないなとツナは獄寺を手伝いながら思った。一方、あまり急いでなさそうな感じもして、もしかしたら緊急事態ではないのかもしれないとも考えた。
「それで獄寺くん、どうしたの?話があるんだよね?」
「あ、あの…それは…。」
言うか言わないかでまだ迷っているようだった。エメラルドの瞳が、またあちらこちらを向く。
「そんなに言いづらいほど重大なことなの?」
「いや、その…。」
獄寺はいまだにためらい、あまり話そうとしない。瞳の動きも速くなる。そこまで追い詰めた顔をされると、ツナも心配になってきてしまった。
「相談、なんだよね?」
「は、はい、でも、たぶん10代目が思っているほど重大なモンじゃないです。」
獄寺が小さくわらう。深刻な話と言うより、単に獄寺が言うのを恥ずかしがっているだけのようだ。
「うん、どうしたの?」
「あの、10代目。」
座りなおして、彼は少し顔を赤らめながら言った。
「笹川とは、いつもどこへお出かけしてるんでしょうか。」
「へ?」
思いがけない質問に、思わずツナのすっとんきょうな声が出てしまう。
獄寺はすこし恥ずかしがっていて、うつむいたままでツナとは目をあわせようとしない。
「俺と京子ちゃんがどこに…その、デートに行ってるかってこと?」
「そうです。」
ゆっくりと獄寺が頷く。
「ご、獄寺くん、誰か誘うの?」
ぎく、と獄寺くんの体がこわばる。
「さすが、10代目の超直感…。」
「ってか、獄寺くん、つきあってる人いたんだ。」
「それは違います10代目!女ができたらすぐにご紹介いたします!」
「じゃあ好きな女の子がいるんだ?でも、獄寺くんがそんな相談するなんて…。獄寺くんは人気だから、俺よりずっと女の子の経験があるんだとばかり。」
先日のバレンタインでも、獄寺のげた箱は開いた瞬間にチョコレートの雪崩が起きていた。
「あれは女が勝手に寄ってくるだけです。イタリアの時も、全員シカトしてました。」
確かに、獄寺はチョコレートにも興味がなさそうな顔をして、結局ツナやツナの同居人に全部配って、自分は一つも貰っていないようだった。
「でも獄寺くん、俺が京子ちゃんに告白するときはものすごくアドバイスくれたじゃん。」
ヘタレなツナを毎日励ましていたのは、山本と獄寺だった。

『10代目、告白するなら、人間が情熱的になる時間帯、つまり夜が向いてるみたいです。あと、どういう言葉を使うかより、大きな声で、相手の目を見ながら簡単な言葉でっていうのも…。』
『まあまあ獄寺。そんなまどろっこしいこと考えなくてもさぁ。告白はドーンと自分の気持ちを伝えりゃいいんだよ、ツナ。そうすりゃあ、ドカーンズガーンと笹川の心に響くだろ。』
『んなテキトーなもんでうまくいくわきゃねーだろうが野球バカ!』
『あはは、俺も告白なんてしたことねーからさ、ワリ。ま、ツナなら大丈夫だろ。』
『ったく…。でも山本の言うとおり、どんな女でも10代目ならイチコロっすよ!』

「だから、獄寺くんはそういうのに慣れてるって思ってたんだけど…。」
「いや、あれは10代目のために図書館で借りた心理学の本を参考にしたもので、俺の経験じゃないんです。」
獄寺がバツが悪そうに頭をかく。
「ええっ。」
まさか、告白の仕方まで理論指導で、わざわざ調べてくれているとは思わなかった。
「10代目のためならそれくらいチョロイっす。それで、10代目はいつもどこへ行かれるんでしょうか。」
いつもは助けてもらってばかりの獄寺が、すがるようにツナを見つめる。
(俺の時はみんなに協力してもらったんだ。獄寺くんが俺のことを頼る機会なんて全然ないし、こういう時こそ役に立たないと。)
京子と付き合い始めてからのことを一生懸命考えながら、ツナはぽつりぽつりと答えた。
「えっと、動物園とか、買い物とか…あ、映画もよく行くよ。そうだよ、映画がいいんじゃない?見た後映画のことゆっくり話せるし。」
うーん、と獄寺があまり納得がいかないような顔で唸る。だめか、とツナは少し落胆した。
「映画…あいつと映画の趣味は合いそうにありません。」
「そっか、確かに見たいものの趣味が合わないと面白くないかもね。」
あいつ、ってことは、もうすでに結構仲がいい子なんだろうな、とツナは思った。誰?と聞きたくなったが、恥ずかしがる獄寺の様子では、簡単に聞き出せそうになかった。
「あとは、どっちかの家が多いかなぁ。一番お金かからないしね。」
ツナがつけたすと、獄寺は目を丸くして動揺した。
「えっ!?家ッすか?そ、それは10代目…大胆ですね。」
「え、なんで?」
「だって…その。」
獄寺が意味ありげに、ツナのベッドをちらりと見る。
「家ってことは、そういうことっすよね。」
(そういう意味かよ!)
思春期特有の返しに、思春期とは思えないほど遅れているツナは首と手を全力で横に振って否定した。
「ちち、違う!そうじゃないよ!うちに来ても、あんまり完全な2人きりにならないし…。」
京子がツナの家に来ても、ツナの同居人たちがツナの部屋に押し入るし、ツナが京子の部屋に行っても、心配性な兄が常に2人を監視している。
だから、獄寺が想像しているようなことはおろか、まともに接近することさえできない。しどろもどろになりながらも、ツナは必死に説明をした。
「た、確かにそうですね。」
獄寺はなぜかほっとしたような顔をする。
「獄寺くん、相手の子はどんな子なの?その子によって、行きたいところが違うんじゃないかな。」
相談に乗りたい気持ちが一番だったけれど、好奇心もかなり含まれていた。あざといなぁ、と、ツナ自身も思う。
(あんなにモテるのに女の子を無視してた獄寺くんが、デートに誘おうとしている女の子って誰だろう。)
学校以外に、しかも女子の友達が獄寺にいるようには見えない。それなら、きっと自分の知っている女子だろうとツナは考えた。
「どんな…そうっすね…やかましい感じの。」
「や、やかましい?」
「はい。いっつもつっかかってきます。」
(獄寺くんにつっかかる女子なんているかなぁ…。)
クラスの女子を何人も浮かべるものの、そんな女子は浮かばない。ほとんどの女子は遠くから見て歓声をあげるだけで、話しかけることはあっても、つっかかるという感じではないし、そもそも獄寺は相手にしていない。
獄寺に簡単に話しかけられて、彼がまともに返事をする女子は京子くらいだ。
「やかましいってことは、京子ちゃんみたいにおっとりしてる感じじゃないんだね。」
「そうっすね。」
「なら遊園地がいいんじゃない?獄寺くんもジェットコースター大好きだよね。」
なるほど、と獄寺が手をたたく。
「いいですね!ただ、待ち時間に喧嘩はやらかしそうですが。」
「喧嘩って…、そんなにもめるの?」
そうですよ!と、大きくうなずき、とても好きな女の子の話をしているようには思えないほど険しい顔で獄寺が答える。
「この前も、英語教えろとか言うからカフェで勉強つきあってやったのに、俺の教え方が下手だとか文句付けてきやがったんですよ。ったくあの女、人の善意をコケにしやがって。」
ただの愚痴かと思って聞いていたが、ツナに少し違和感の残るエピソードだった。
(なんだろう、どっかで聞いたことある話だ。)
「そうそう、この前の全国模試で勝負したときも、あいつが勝ったから仕方なくケーキをおごることになったんです。普通1つじゃないっすか、そういうの。でも、あの女は10個も要求してきたんです!勝手に注文して、会計を俺に任せたままちゃっかり席にすわってやがるんです。あいつのせいで財布がカラですよ。」
その話にも、ツナは違和感を感じた。やっぱりどこかできいたことがある話だ。でも、どこで誰から聞いたのかを思い出せない。
そんなツナの気持ちも露知らず、獄寺はべらべらとエピソードをいくつも語る。全てではないものの、やっぱりいくつかはツナに聞き覚えのあるものだった
「仲いいんだ、その子と。放課後も結構会ってるんだね。」
「仲がいいわけないっす!腐れ縁ですよ。あいつに付き合わされてるだけなんス。」
言いながらも、獄寺が少し楽しそうな顔をしているのがツナには分かった。冷やかされたと思っているのか、顔も少し赤い。
「へえ、でも、今度は素直に誘えるといいね。」
う、と、獄寺がたじろく。
「そうっすね…ホント、10代目にはかなわないっす。」
照れくさそうに、獄寺が銀髪をかきむしる。
その声を聞きながら、ツナははっとした。
(そうだあの話は、たしか)
「あ、もうこんな時間か…そろそろお暇させていただきます、10代目。相談に乗ってくれてありがとうございました。」
獄寺が立ちあがり、部屋から出ようとする。
「いつもみたいにうちで夕飯食べていけばいいのに。」
1人暮らしの獄寺は、ツナの家に遊びに来た日にはいつも夕飯を食べて帰るし、そのまま泊まることも多い。それなのに、今日は少し申し訳なさそうな顔をして、
「すみません、今日はその、そいつと外で飯食う約束してるんです。」
と答えた。
なんだ、とツナの顔に思わず小さな笑みがこぼれる。
(俺が京子ちゃんといる間に、2人で仲良くやってたんじゃないか。)
自分の応援なんかなくても、2人はきっとうまくいくだろう。むしろ、俺と一緒に帰る必要なんてないかもしれない。
「そっか、じゃあまた明日ね、獄寺くん。」
「はい、10代目。」
獄寺がドアノブに手をかけたところで、ツナは彼を呼びとめた。
「獄寺くん。」
「はい?」
獄寺は振り返って首をかしげる。
ツナの頭に、京子の言葉がいくつもよみがえる。
『この前のお休みに商店街へ買い物に行ったとき、―――が獄寺くんとカフェでお勉強してるとこをみたの。』
『昨日、道でたまたまケーキをいっぱい持った―――に会ったの。お友達とテストの勝負で勝ったから10個も買ってもらったんだって。』
『さっきね、昇降口でツナくんを待ってるとき、校門の近くで―――を見かけたの。待ち合わせしてた感じだったけど、私を目があった途端にどこかへ逃げちゃって…誰と待ち合わせしてたのかな?』
(ああ、なんで俺は気付かなかったんだろう。)
こういうときに超直感が働くべきだよ、と、ツナは自分の鈍感さにあきれた。
「デートの帰りにケーキ食べるってどうかな。女の子はケーキ好きだから。」
「ケーキ屋…なるほど!そうですね、俺はそんなに好きじゃないですけど、あいつはかなりのケーキ好きですからね。」
うん、とツナは頷く。ケーキ好き。やっぱりそうだ。憶測が確信に変わった。ツナは、ついにその名前を口にした。
「ハルなら、絶対喜ぶよ。」
その言葉を聞いた獄寺が、口をわなわなと震わせる。顔は今日1番赤くなっている。
「し、し、失礼します!」
バタン!と勢いよく獄寺がドアを閉め、去っていく。何度か階段を駆け降りる音がしてから、「うわっ」という声とともにドタン!という別の大きな音が家中に響き、下の方から「どうしたの獄寺くん、大丈夫?」と、奈々の声がかすかにツナにも聞こえた。どうやら彼は階段を滑り落ちたらしい。そこにちょうどリボーンたちが帰って来たらしく、「隼人にい、大丈夫?」「ギャハハ、ごくでらダセー」という声もする。そのあとに、「いえ、大丈夫ですお母様!お邪魔しました!」と獄寺のから元気と、玄関のドアをまた勢いよく閉める音が響いた。
(あんな獄寺くん、初めて見た。)
一連の壮絶な音を、ツナは穏やかな表情で聞いていた。
「ツナ、何にやけてんだ。」
部屋の扉が開き、リボーンが現れる。上着を脱ぎに来たらしい。
「ちょっとね。」
たいして面白くない話だと思ったのか、リボーンは「キモいぞ」と言って上着をツナに投げつけてから、そのまま立ち去ってまた階段を下りて行った。
(そっか、あの2人が、そっか。)
ツナは天井を仰ぐ。意外だけど結構お似合いかもしれない。気になるから、今度京子ちゃんたちと放課後も残って、窓からみんなで2人の様子を見ていようかな、なんて企んで、またにやける。
ツナの頭には、獄寺たち2人が言い合いをしながらも、仲良く帰っていく様子がはっきりと浮かんでいた。
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