「えーっと、どこだったかしらね。」
独り言を言いながらアスカはフロア案内を指でたどる。
日曜日、家族連れやカップルでにぎわうこのショッピングモールに1人で入るのは気が引けたが、そうも言ってられない。いつものように同居人を連れ出すことはできない。
「店の名前わすれちゃったわね…。」
頭をかくと、彼女の髪の毛がさらさらと揺れた。かつては腰まで伸ばしていたが、今では鎖骨に触れるくらいまで短く切ってしまっている。
(こりゃ、歩いて探したほうがよさそうだわ。)
ため息をひとつついてから、歩き出そうと振り返った先に、少女が間近でこっちを見ていたことに気がついた。
綾波レイだった。
「ちょっ…あんた、なにやってんのよ、こんなところで。」
「最上階の本屋に行こうとしてたら、あなたが何か迷ってる風だったから。」
すっかり忘れていた。知り合いに見られて、ましてや鈴原のようなのに遭遇して茶化されたらたまったもんじゃないと、わざわざ一番近いショッピングモールを避けたのに、レイはこの街に引っ越していたのだった。
「迷ってなんかいないわ。ここ来るの、2回目だから慣れてないのよ。」
「そう。私も、このフロアにはあまり用がないから案内はできないわ。」
彼女たちが今いるのはファッションフロア。たしかにレイにはあまり用事のなさそうなところだし、そもそも、レイの服はほとんどリツコやミサトが選んだネルフからの支給品である。
「だから、案内なんていらないのよ!ど忘れしただけだもの。あんたはさっさと本屋に行きなさいよ。」
「ええ、じゃあまた。」
はいはい、と乱暴に手を振り、アスカはその場から離れた。

「1500円でございます。」
店員に言われたとおりのお金を払い、レイは本を受け取った。
帰ろうとエスカレーターに乗った時、ポケットから細かい振動を感じた。レイはポケットからケータイを取りだし、耳にあてた。
「もしもし。」
『あんた、まだ建物の中にいる!?』
出るなり、アスカの勢いのある声が耳に飛び込む。
「本を買ったとこ。」
『今すぐ来て!さっきの階にあるエスポワールってお店よ、いいわね?』
返事をする前に電話を切られた。ディスプレイに残された「通話終了」の文字を少し見てから、レイはアスカに会った階へと下って行った。

「この前シンジと一緒に行った時は値段を見たから足りると思ったのよ。でも、今思えばあの時はセール中だったわ。」
「それで、500円足りなかったのね。」
用事はそれだった。仕事が忙しいアスカには、その日までに出なおす余裕などなかった。
「学生のあんたから借りるなんて、情けないわね。」
レイは離れた女子高に通い、高校の近くでまた新しい1人暮らしを始めている。シンジは暮らしは今まで通りに、市内の進学校に通っている。
すでに大学を卒業しているアスカは、「もう義務教育じゃないのにわざわざ金かけて学校に行くのは面倒くさい」と言って、ネルフで研究職に就いている。
「私は気にしていないわ。」
「社会人としてのプライドってもんがあるのよ…はあ、誰にも見られたくなかったのに…。」
アスカはふてくされたように唇をとがらせて、ストローをくわえる。アスカのジュースはレイのおごりだ。
「なぜ?」
「あんたには分からないわよ。」
ため息交じりに言ってから、
「でもほんとに助かったわ。ジュース代と合わせて、今度返しに行くから。」
「それは、いいわ。」
その言葉を聞いて、アスカの表情が険しくなる。
「えっらそーなこと言ってないで、黙って受けとりゃいいのよ。」
「お金はいいから、お願いがあるの。」
予想外の返答に、アスカは首をかしげた。
「なによ、あんたがそんなこと言うなんて珍しいわね。」
レイは、何度か瞬きをし、少しためらいながら答えた。
「わたしの服を一緒に選んでほしい。」
「え?」
さらなる予想外の答えに、アスカは拍子抜けした。
「いつまでも、ネルフに頼るのは良くないと思って。」
「ふぅん、なるほどね…お安い御用よ。」
アスカは腕を組んで偉そうに答えた。
(私とはまた違うファッションのものを着せられるわね。面白そうだわ。)
レイには普段自分が着ない、白い清楚な服が似合いそうだ。いや、思い切って足を出したりしてもいいんじゃないだろうか。
「そうとなりゃ行くわよ!ほら。」
「ええ。」

「あ、お帰り、アスカ。」
アスカがリビングに入ると、ミサトがソファでぐうたらし、シンジはいつものように夕飯の準備をしていた。
(こんなときくらい、作んなくたっていいのに。)
そうは思ったが、代わりに夕飯を作ることなんてミサトやアスカにできるはずもない。
「どこ行ってたのよー、私にもシンちゃんにも何にも言わないで出かけて。言ってくれれば車で送ったのに。」
「出かけるとき、あんたビール瓶抱きしめて寝てたわよ。」
「いやーんばれたー?」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「あ、私のだわ。」
ミサトが立ちあがり玄関に向かう。彼女はだらしない部屋着のままで、アスカは顔をしかめてミサトを見送った。
「ほら、これ。」
持っていた紙袋を、アスカはぶっきらぼうにシンジに差し出す。
「もしかして、誕生日プレゼント?」
驚いた表情でシンジが紙袋を受け取る。
「それ以外に何があるのよ。」
シンジはごめん、と小さく言ってから、
「開けていい?」
とアスカに断った。
「どうぞ。」
封を切って中を見ると、リュックが入っていた。ベージュが基調になっていて、シンジらしく、あまり男らしいものではない。
「わぁ、カバンだ。」
シンジが完成をあげてリュックを見回す。
「あんた、中学と同じカバンで学校いってるでしょ。高校に入ったんだから新しいのにしなさいよ。」
「変えようと思ってたんだけど、最近お金がなくて。」
シンジが苦笑する。
「ほんとにありがとう、アスカ。」
「ん…じゃ、私部屋着に着替えてくるわ。あ、そうそう、メッセージカードちゃんと見ときなさいよ。」
そう言ってアスカは自室に入ってしまった。不思議に思って紙袋の奥に入っていたメッセージカードを取りだす。
メッセージ自体は、もともと印刷された状態のまま、ただ「Happy Birthday!」としか書かれていない。
(ちゃんと見るって、どういうことだろう。)
裏がえすと、アスカらしいきれいな筆記体で宛名と差出人が書かれていた。
シンジは「From.Asuka」の下に、半分くらいの大きさで書かれている文字に思わず微笑んだ。
「はーいお待たせ!シンちゃんのバースデーケーキよん。」
元気な声とともにミサトがリビングに戻ってきた。
手には大きな白い箱がある。
「わぁ、わざわざバースデーケーキの宅配を頼んでくれてたんですか?」
「そうよん。シンちゃんは大事な私の家族なんだから。って、あら?シンそれ…もしかしてアスカからのプレゼントだったり?」
ミサトがニヤッとして口元に手を当てる。
「はい、あ、でも。」
シンジが声をひそめて言った。
「これ見てください。」
「あら…2人、いつの間に随分仲良くなったのねえ。一緒に買いに行ったのかしら?」
カードのはじには、米粒大の文字で、「&Rei」と付け足されていた。
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